しあわせのたね

あなたの心が、明るく、軽く、なればいいな。そんな思いで綴っています

使命とは・・

あなたの

使命はなんですか?

使命とは・・

「天から使わされた命」

「自分が生まれてきた理由、意味、役目」

自分がここにいる「存在意義」


すぐに答えが出なくても構いません

考える事が大事

そのうち答えが見つかることでしょう・・

玉音放送 現代語訳

先日、なんとなく点けていたTVで・・

玉音放送について特集されていました

こんなにも広く、そして深いものだったとは!

今まで知らなかった

いや・・

知ろうとしなかったことが恥ずかしいです

検索してきたものを貼っておきます

時間のあるときに是非!目を通して、そして感じて、考えて欲しい・・

-----------------------------------

世界の情勢と日本の現状を深く考えた結果、緊急の方法でこの事態を収拾したい。

忠実なあなた方臣民に告ぐ。

私は、「共同宣言を受け入れる旨をアメリカ、イギリス、中国、ソビエトの4カ国に伝えよ」と政府に指示した。

日本臣民が平穏無事に暮らし、全世界が栄え、その喜びを共有することは歴代天皇が遺した教えで、私も常に心に持ち続けてきた。

アメリカとイギリスに宣戦布告した理由も、日本の自立と東アジアの安定を願うからであり、他国の主権や領土を侵すようなことは、もともと私の思うところではない。

だが戦争は4年も続き、陸海将兵の勇敢な戦いぶりも、多くの官僚の努力も、一億臣民の奉公も、それぞれが最善を尽くしたが戦況はよくならず、世界情勢もまた日本に有利ではない。

その上、敵は新たに、残虐な爆弾を使用して多くの罪のない人を殺し、被害の及ぶ範囲を測ることもできない。

このまま戦争を続ければ、日本民族の滅亡を招くだけでなく、人類の文明も破壊してしまうだろう。

そんなことになってしまえば、どうやって私は多くの臣民を守り、歴代天皇の霊に謝罪すればよいのか。

これが、私が政府に共同宣言に応じるように命じた理由だ。

私は、東アジアの解放のために日本に協力した友好国に対して、遺憾の意を表せざるを得ない。

戦地で命を失った者、職場で命を失った者、思いがけず命を落とした者、またその遺族のことを考えると、身も心も引き裂かれる思いだ。

戦争で傷を負い、被害にあって家や仕事を失った者の生活についても、とても心配だ。

これから日本はとてつもない苦難を受けるだろう。

臣民のみんなが思うところも私はよくわかっている。

けれども私は、時の運にも導かれ、耐えられないことにも耐え、我慢できないことにも我慢し、今後の未来のために平和への道を開いていきたい。

私はここに国体を守ることができ、忠実な臣民の真心を信じ、常に臣民とともにある。

感情の赴くままに問題を起こしたり、仲間同士で排斥したり、時局を混乱させたりして、道を外し、世界からの信用を失うことは、私が最も戒めたいことだ。

国がひとつとなって家族のように団結し、日本の不滅を信じ、責任は重く、道は遠いことを心に留め、
総力を将来の建設のために傾け、道義を大切にし、固くその考えを守り、国体の本質を奮い立たせ、世界の流れから遅れないようにしなさい。

あなた方臣民は、これらが私の意志だと思い、実現してほしい。

 

今日は8月15日

あらためて・・

英霊の皆様、天皇皇后両陛下、ありがとうございます!

戦争、争いごとは・・

なぜ起こるのでしょうか?

ひとつは

領土や資源の争い

自国の勢力拡大欲にまかせて他を侵略しようとする

そこには侵略される側の人々に対する想いは・・

無いのではないか・・

もうひとつは

主義主張、考え方の対立

我こそが正義!として違う考え方を排除しようとする

こちらも相手方に対する配慮や思いやりは無いのでは・・

ではどうすれば・・

私はこう考えます

日本人の考え方、柔軟性

これがヒントなのではと

日本は古来 八百万の神様 を信仰して生活していました

そこに仏教の考え方(教え)が入ってきたとき

排除せずに 良いものは良い として取り入れた

現代の生活でも・・

年末年始を想像してください

メリークリスマス!とやって1週間もしたら・・

お寺で除夜の鐘を聴き

年が明けたら神社で柏手を打っている

この柔軟性や「利他の精神」「お天道様が見ている」「自分の心には嘘がつけない」

世界がこういう考え方になってゆけば・・

そのためには

私たちひとりひとりが襟を正し

気付いた人から人へと知恵を伝え・・

日本から世界を!宇宙を!変えてゆきましょう!

生死は・・表裏一体

陽明学の本より

世間一般の・・

「死にたくない、長生きしたい」という考え方

じつは問題なのである

生と死はもともと1つ
2つに分けることなどできないもの

「生きることは素晴らしい、死ぬことは忌まわしい」

という価値観は、実は大間違いであって

 

「生きることが素晴らしいのであれば・・

 死ぬことも素晴らしい!」


つまり等価なのである

 

健康に気を配ることは

病気になって周囲の人に迷惑をかけないことにもつながるので

とても良いことではあるのだが

心のことをなおざりにしているわりに

身体の健康にだけは過敏に気を付けるという


生に、肉体に、固執する点に問題がある

 

そう、人間は生まれた時すでに

死ぬことが決まっている・・

それがいつなのかは誰にも判らないこと


今、この一瞬を大切に

後悔のない人生を送りたい

そう考えさせられました・・

決意の凄み

自分に能力がないなんて決めて、

引っ込んでしまっては駄目だ。

なければなおいい、

今まで世の中で能力とか、

才能なんて思われていたものを越えた、

決意の凄みを見せてやる、

というつもりでやればいいんだよ。

----- 岡本太郎 -----

 

成幸するために必要なもの

それは能力ではなくて決意

そして人間力(魅力)


長嶋茂雄さんは

凄い指導力を持っていたわけでは無かったそうです

そこに有ったのは

「長嶋さんを胴上げしたい」という思いを抱いた優秀な選手が集まる魅力


できなければ

できなくても

できないほうがいい


そのほうが

できないひとの

気持ちがわかるから


そして魅力を磨けば

できるひとが集まり

掛け算の力がはたらく・・

稼ぐと・・運が良くなる!

お金を稼ぐと・・

強運となる!

これを理解するには・・

「お金」って何でしょうか?

考えたことありますか?

人それぞれだとは思いますが、私なりの考えは・・

エネルギーだと思います

・・

抽象的過ぎますかね(笑)


どれだけ多くの人に

どれだけ喜んでいただいたか

そのエネルギー(対価)と考えます


例えば飲食店

お客様に喜んでいただけるよう

メニューやサービスを考えて

多くの方々を幸せにすると・・

儲かります


例えば会社等にお勤めの方

どれだけ貢献できたか、どれだけ皆を喜ばせたかの対価として給料をいただく


多くの人を幸せにできれば・・

おのずと自分も幸せに!強運に!

ならないほうが不思議だと思います

災害復旧支援

【被災された方々へ】

広がるばかりの災害の報に、ただただ驚き、大変心配しております

これから、お疲れの中を復旧に努めることになると思われますが、

どうか、まずはお身体をお大事になさってください

一日も早く日常を取り戻されることを心より願っております


----大きな災害が起こったとき----

以前の私は(3.11のとき)

大変な人たちがいて自分は普通に生活できていることに・・
罪悪感と無力感だけを覚えました

でも、今は、
そういう方々のためにも、今自分が出来ることを誠心誠意行う
という考え方に変わりました

「いまできること」

募金もそのひとつでしょう

出来る範囲で、無理のない範囲で行う

それも良いと思います

あと・・ こんな考え方もあるのでは・・

稼げる方はより稼いで!

税金を納めるという形や

募金を増やすという形であれば

お互いにプラスになる

今回の災害に限らず

稼ぐことは皆のため、国のためになる

私はそう考えています

それと!

「稼ぐと運が良くなる」のです!

これについては明日のテーマとします

 

先輩の言葉

お客様であり人生の先輩である方から教えていただきました

成功のコツ

 

観察力(物事をいろいろな角度から見る)

 ↓

洞察力(それについていろいろ考える)

 ↓

決断力(決めるのは自分)

 ↓

実行力(あとは行動あるのみ)

 

 

セミナーに行ってお客様から教えてもらえる

なんてツイているんでしょう♪

 

8月9日午前11時2分

今日、8月9日は午前11時2分、長崎に原爆が落とされた日です

どうしても人類最初ということからヒロシマのほうに目が行きがちですが・・

人類史上で核爆弾が使用されたのはヒロシマナガサキしかありません

そして原爆に目が行きがちですが

全国各地で空襲により尊い命が奪われたのです・・


今日は長崎に想いを寄せつつ

各地の空襲でなくなった方々、南方などで玉砕された人々・させられてしまった人々、
各地の戦闘で亡くなった人達、この戦争で亡くなった全ての人たちの冥福を祈ります


そして平和な現代に生かされている事に深く感謝します


「広島原爆」と「長崎原爆」の違い

人類史上、実戦で核兵器が使用されたのは、
1945年8月6日に広島へ投下された原子爆弾(以下、「原爆」)と、
1945年8月9日に長崎へ投下された原爆だけである。
島原爆と長崎原爆を比較すると、使用された燃料や爆発時の破壊力、
被害状況などが異なり、
破壊力の大きい原爆を使われたのが長崎原爆、被害が大きかったのが広島原爆であった。

島型原爆
コードネーム:リトルボーイ
爆弾の燃料:ウラン325
爆発威力(TNT換算):約15キロトン
爆撃機:B-29(エノラ・ゲイ
当時の人口:約35万人
死者数:約14万人

長崎型原爆
コードネーム:ファットマン
爆弾の燃料:プルトニウム
爆発威力(TNT換算):約22キロトン
爆撃機:B-29(ボックスカー)
当時の人口:約24万人
死者数:約7.4万人

当時の人口は推定、死者数は同年末までの推定。
広島の約1.5倍の威力を持つ原爆が使われた長崎の方が被害が少なかったのは、
長崎市は山で囲まれた地形で、山によって熱線や爆風が遮断されたためといわれる。


また、このような話もあります

長崎にしても広島にしても、役所の記録が失われた上に、
朝鮮などから徴用されて働きに来ていた人の数や
一時的に疎開してきていた人などの数は分からないものが多く、
本当の被害者数というのは永遠に不明のままでしょう・・

 

なすときゅうり

f:id:yomibitosirazu:20170803214225j:plain

お盆になすときゅうりで作る馬と牛は精霊馬・精霊牛と呼ばれ、

お盆に、ご先祖様が行き来する乗り物として作られました

なすときゅうりで作った精霊馬の意味は

なすやきゅうりは夏野菜ということもあり、

きゅうりは足の速い馬として見立てられ、

あの世から早く家に戻って来れるように。

ナスは歩くのが遅い牛として見立てられ、

少しでもこの世から帰るのを遅らせようとしたとされています。

お盆にご先祖様を供養するお供物などを持ち帰ってもらう為に

牛にしたとも言われています。

 

 

米百俵の精神

<米百俵の由来>

幕末維新の風雲は、戊辰戦争で長岡城下にも及んだ。

長岡藩は、軍事総督・河井継之助の指揮のもと、奥羽越列藩同盟に加盟し、新政府軍と徹底的な戦闘を行った。
このことは、司馬遼太郎歴史小説「峠」で広く紹介されている。

その結果、250年あまりをかけて築き上げた城下町長岡は焼け野原となり、石高は7万4千石から2万4千石に減らされた。
 
幕末に江戸遊学をし、佐久間象山の門下生であった虎三郎は、独自の世界観を持ち、「興学私議」という教育論を著していた。

戊辰戦争の開戦に際しては、長岡藩が参戦することに反対の立場をとっていた。
敗戦後、文武総督に推挙された虎三郎は、見渡すかぎりの焼け野原のなかで、
「時勢に遅れないよう、時代の要請にこたえられる学問や芸術を教え、すぐれた人材を育成しよう」
という理想を掲げ、その実現に向けて動き出した。

明治2年(1869)5月1日、戦火を免れた四郎丸村(現長岡市四郎丸)の昌福寺の本堂を借りて国漢学校を開校し、
子どもたちに「素読」(論語などの読み方)を教えた。

翌年5月、長岡藩の窮状を知った三根山藩から米百俵が見舞いとして贈られてきた。
藩士たちは、これで一息つけると喜んだ。
食べるものにも事欠く藩士たちにとっては、のどから手が出るような米であった。

しかし、藩の大参事小林虎三郎は、この百俵の米は文武両道に必要な書籍、器具の購入にあてるとして米百俵を売却し、
その代金を国漢学校の資金に注ぎ込んだ。

こうして、明治3年6月15日、国漢学校の新校舎が坂之上町(現大手通2丁目、大和デパート長岡店の位置)に開校した。
国漢学校には洋学局、医学局も設置され、さらに藩士の子弟だけでなく町民や農民の子どもも入学を許可された。

国漢学校では、小林虎三郎の教育方針が貫かれ、生徒一人一人の才能をのばし、情操を高める教育がなされた。

ここに長岡の近代教育の基礎が築かれ、
後年、ここから新生日本を背負う多くの人物が輩出された。

東京帝国大学総長の小野塚喜平次、解剖学の医学博士の小金井良精、司法大臣の小原直、海軍の山本五十六元帥……。
この国漢学校は現市立阪之上小学校に引き継がれ、
米百俵」の精神は長岡市のまちづくりの指針や人材教育の理念となって今日に至っている。
 

 

この国漢学校創立時の故事をもとに、文豪・故山本有三氏が戯曲として書き下ろしたのが<米百俵>である。
この戯曲は、虎三郎に関する詳細な研究と合わせて一冊の本にまとめられ、昭和18年(1943)に新潮社から出版された。

 山本有三の戯曲<米百俵>の中で、虎三郎は「早く、米を分けろ」といきり立つ藩士たちに向かってこう語りかける。

 「この米を、一日か二日で食いつぶしてあとに何が残るのだ。
  国がおこるのも、ほろびるのも、まちが栄えるのも、衰えるのも、ことごとく人にある。
  ……この百俵の米をもとにして、学校をたてたいのだ。
  この百俵は、今でこそただの百俵だが、後年には一万俵になるか、百万俵になるか、はかりしれないものがある。
  いや、米だわらなどでは、見つもれない尊いものになるのだ。
  その日ぐらしでは、長岡は立ちあがれないぞ。あたらしい日本はうまれないぞ。……」

 教育と反戦の思想で裏打ちされた戯曲<米百俵>は大ベストセラーとなったが、
時代は軍部の支配下にあり、反戦戯曲だと強い弾圧を受けて絶版となり、自主回収の憂き目を見た。

 それから約30年後の昭和50年(1975)、長岡市が<米百俵 小林虎三郎の思想>を復刻出版すると、大きな反響を呼んだ。
また、昭和54年(1979)と平成13年の2度にわたり歌舞伎座で上演され、多くの人々に感銘を与えた。


長岡市役所HPより~

 

8月6日

1945年8月6日

広島


人類史上初の原子爆弾(原爆)は、地上600mの上空で炸裂し、

中心温度100万度の火の玉をつくった。

 

爆心地周辺の地表の温度は3000~4000度に達したという。

 

爆心地から1.2kmの範囲内では、その日のうちに約5割が死亡した。

1945年12月末までに約14万人が死亡したと推計されている。

 


1945年8月6日 広島で何が起こったのか
http://www.geocities.jp/mk32924/page011.html


風化させてはならない

語り継ぎ

過ちを繰り返してはならない・・

思いやりの心を伝える

斎藤一人 ツイてる話 より ~

この前、私が行ったお好み焼き屋には
「ガス栓にはさわらないでください」という貼り紙が有りました

でも、どうせ書くなら
「ヤケドすると大変です、ご用の時にはいつでも、何度でもお声をかけてください」
のほうが、読んだ人の気分は良くないでしょうか

温泉場でも、お風呂場に
「ご入浴は、午前8時から午後11時までです」
と、貼り紙されているところがあります

これも、
「お客様には、午前8時から午後11時までごゆっくりおくつろぎいただけます」
としたほうが、読んだほうは得した気分になれるのです

問題は、書いて有ることの内容ではありません

どう表現すると、人はいい気分になれるのか

どんな貼り紙をすると、思いやりの心を伝えることができるのか

ということです

-------------------


思っていることは

思っているだけでは

伝わらない

 

たとえば

喫茶店に入って

コーラが飲みたくてたまらないのに

「珈琲ください」と言ったら・・

珈琲がでてきますよね・・

 

そして、表現方法によって

伝わり方が違ってくる

 

何のための仕事?

誰も争うために商売しているわけではありません(松下幸之助


争う、それは

 1 相手にまさろうとして、また、何かを得ようとして張り合う。競争する。「優勝を―・う」「先を―・う」「一、二を―・う名騎手」

 2 敵対する。戦う。けんかする。いさかいをする。「労使が―・う」「相続問題で兄弟が―・う」

 3 少しの時間をも得ようとして忙しくする。急を要する意にいう。「手術は一刻を―・う」「寸秒を―・う問題」

 4 自分の言い分を、正しいとして押し通す。「裁判で―・う」「黒白を―・う」


良く似た言葉で「競う」というものがあります


私なりの解釈では・・

「争う」には第一義として勝ち負けへの拘りが有るように感じ、

「競う」には、互いを高めあうという意味があるように感じます


相手への敬意や思いやりが有るのが「競う」ではないかと・・

 

では・・

商売、仕事は・・

何のためにしているのでしょうか・・

 

たまには考えてみるのも良いと思います

あげる よりも いただく

言葉の最後が「あげる」の人は「あげてばかり」なので幸せを失うばかり


言葉の最後が「いただく」の人は「いただいてばかり」なので幸せは増すばかり

 

働いてあげる

働かせていただく

 

納めてあげている(税金など)

納めさせていただく

 

等々・・

 

「あげる」の裏には・・

期待が有ることが多い・・


○○してあげたのに!

××してくれない!

と、なりやすいそうです・・

 

本当の喜びは・・

他人の喜び

 

ありがとう・・

と言って頂ける人生を歩みたい